広島緑井 権現山/毘沙門天
江戸時代以降より、町民から「緑井の毘沙門さん」と呼ばれ親しまれてきた権現山・毘沙門天。
毎年2月ごろに行なわれる「初寅祭」には、厄除け・商売繁盛を願う大勢の参拝客で賑わいます。
| ▼毘沙門天の始まり | |
| 広島・緑井権現山にある「毘沙門天」は、須彌山(しゅみせん)の中腹におられて仏法をお守りになる四天王の一人で「多聞天」ともいい、北方の守護神です。 現在の毘沙門天堂は1065年頃、現在地に修業僧教尊が行基菩薩の作といわれる毘沙門尊像を安置したのが始まりです。 正安元年(1299年)毘沙門天を尊信していた武田氏は銀山城中築城の時、北方の守護として僧覚信坊により願成寺を建立、さらに三京、豊用、西明、東明、光林、玄道、神宮の七ヶ寺を建立しました。その後、毛利氏の広島城築城とともに願成寺は広島に移され、毘沙門堂・仁王門・東明・西明寺のみ残されました。 境内には一千年の歴史を物語るかのように、聖観音像・福石・縁結び岩・七福神石像・修業大師像が現存し、商売繁盛・縁結びの福の神として、中・四国はもとより、広くその信仰を集めています。本堂には、御本尊毘沙門天と共に脇侍として吉祥天、並びに禪尼師童子の御尊像をお祀りしてあります。 |
|
見 ど こ ろ オレンジの文字にカーソルを合わせると、詳細画像をご覧いただけます↓ |
|
![]() |
境内には、福石・修業大師像や樹齢百年を越す大杉が現存しています。また、縁結び岩や仁王門、西明寺、金運を授かる「びしゃもん子ねこ」の祠のほか、七福神立像を始めとする数々の地蔵があり、人々の信仰を集めると共に、参拝の楽しみの1つとなっています。 境内からさらに左奥へ登っていくと「里見の岩」があり、ここから広島市内を一望できます。昭和59年1月には、ここに「多宝塔」が建立されました。原爆死没者の冥福と参拝者の御加護のため、爆心地に向かって三層正面に大日如来が、二層四方に四天王の御尊像が安置されています。 また、権現山周辺は憩いの森としても整備され、手軽にバードウォッチングや森林浴が楽しめるスポットとしても人気です。 |
例 祭 |
|
『 初寅祭 』 『初詣』 |
![]() |
|
▼鐘楼から本堂までも登り坂が続きます。ご参拝の際は、歩きやすい靴でお越しください。






